トーレスの謎






ギター文化館ではいろいろなギターを見ることができた。
でも、一番印象に残っているのはトーレスだった。もっとも影響を受けたのはたしか。
ただ、トーレスモデルを作ろうと考えたことは一度もなかった。
実際にトーレスに触れてみれば、この楽器は現代の楽器とはまるで異質な雰囲気を纏っていることは誰でも分かる。

今現在までトーレスを超える低音に出会ったことがない。
資料を見ても、例えば、力木の厚さは3ミリしかないという。
一般の方には分からないかもしれないが、3ミリというのはあり得ないほどに薄い。
たしかに表板中央を柔らかくすれば低音は出るが、そこは弦をとめている場所だ。
(これがギター製作のパラドックス。)
場所によって異なるが、普通は中央の力木はだいたい5ミリくらい。
それでもヘタってはいけないからと中央だけ幅を8ミリ(通常力木の幅は7ミリ)にしたりしていた。それがなぜ3ミリで大丈夫なのか?
力木配置も外周から固めていて、まるで鳴らすことを否定しているかのようだ。
さっぱりわからない。
分からないことはできない、トーレスに心は動かされても作るわけにはいかなかった。




そんな折、ホセ・ルイス・ロマニロスの楽器がヒントをくれた。
彼はけっこう構造的には変遷のある人なのだが、彼の最終モデルを見る機会があった。
御子息が後を継いでいるため詳細に話すことはできないが、かなり大胆な、それまでの常識を覆すような構造だった、とだけ言っておこう。

分かったことは、張力は表板の中央で受け止める以外にも方法がある、ということ。
中央が十分な強度を持たない場合、結果的に側が張力を支えることになる。
さすがはトーレス研究に没頭した人だ。
この、言わば張力の分散の力学とでも言うべき観点は大きな大きな収穫だった。

トーレスの力木は確かに3ミリという薄さではあるが、横板に隣接して配置すれば十分な剛性を持つことができる。なおかつ、力木が紡ぐように全体をびっしりと覆っている。
また、一般にトーレスの表板は薄いと考えられているようだが、中央は2.5ミリと当時としては画期的と言っていいほどに厚い。その一方で外側は1.4ミリほどなのだ。
つまり、ものすごく大雑把に言えば、周囲は力木で固め、中央は表板を厚くすることで全体としてバランスが保たれてる、とでも言ったらいいだろうか。

そして、トーレスという楽器は、側で、横板で、つまり器全体として張力を受け止めているということが分かった時、わたしはちょっとした絶望感に陥った。
表板はヘタるが、器はヘタらない。これ以上盤石な構造などあるはずがないように感じた。
だから100年以上の歳月を経ても使える。
トーレスを超える構造などないのかもしれないとこの時は思った。

なんとかとっかかりが掴めたため、むしょうにトーレスを作ってみたくはなった。
しかし、日々の製作に追われ、わたしにその余裕はなかった、、、、残念!