総括、アントニオ・デ・トーレス

われわれ製作家はギターの構造を見る場合、どうしても力木配置を見て判断しようとする。しかし、トーレスやパヘースの主眼は表板にあり、表板を機能させるために力木を使ったのである。
これは分からない、なかなか分からない。どうしても力木に目は行ってしまう。
端的に言ってトーレスの構造で最も重要なことは、その力木の配置の仕方ではなく、表板の中央の厚さを2.5ミリにして表板で軸を作った点にある。
力木配置に関しては、音響の点からよりもむしろ補強の点から見るべきで、補強ということを考えればこの配置は実に納得のいくものである。
トーレスが力木配置に迷わなかったのは、何も他の製作家の真似をしたからではなかった。単純に力木は補強のためと割り切っていたから、論理を詰めればそれでよかった。
トーレスは力木配置をより緻密に行っただけなのだろう。
万全の補強を行い大きくした表板を雄大に振幅させる、これがトーレスのイメージだったと推測する。

トーレスの考えは現在のダブルトップと似ている。
トーレスの力木が表板全体を網羅しているのも、そう考えるとうなづける。
トーレスの音が大きく、PAで拡声されたように感じたのもそのせい。
当時のスペインの製作家がこんなモダンな感覚を持っていた。これは驚くべきことである!

もっとも、トーレスには明確な欠点もある。
表板が中央と外側で1ミリ近くも差があるため、鈍さと鋭さが同居したようなちぐはぐさがある。
力木が3ミリと薄いため、音の核が脆弱である。(経年変化のせいもあると推測する。新品であれば印象はずいぶんと異なっていたことだろう。) 
力木配置が完全に左右対称であるため、各弦毎に音の性格付けができていない、、、等々。

しかし、あのバフーンという音の出は一度味わってしまうと病みつきになってしまう。
(だから質が悪い、笑)
トーレスはかなり初期段階から弦長650ミリの楽器を製作している。
私自身、当時の状況を正確には把握していないが、他に弦長650ミリの楽器は製作されていない前提で言うと、これは凄い!本当にたいしたものだと言わざるを得ない。
トーレスが行った最大の功績は弦長650ミリを確立したことである。

(ちなみに、弦長650ミリのトーレスモデルを作ろうとするなら、表板中央を2.5ミリの厚さにして、そこから徐々に減じていき一番外側は1.4ミリに落ち着くように仕上げ、表板で軸を作る。力木の厚さは3ミリとして端は削がない。これでできる。




トーレスは19世紀ギターなどの愛好家の対象にはなってはいないだろう。  あれは古楽器ではない、モダン楽器だと。
では普通のクラシックギターの愛好家はどうだろう。
ここでもトーレスは対象にはなっていないように感じる。
もっともこれはトーレスがあまりに希少であり、おいそれと手にすることはできないという事情があることは確かだ。しかし、現代の演奏家がトーレスに対して違和感を感じることはあって、彼らはトーレスとは一定の距離を置いている。

トーレスと現代の楽器とで外観上の違いはない。
それもそのはずで、現代のギターのスタイルを作り上げたのがトーレスだからだ。
トーレスの中に表板のみならず横板・裏板にも凝った装飾がなされている楽器がある。
この楽器でトーレスはギターの装飾のMAXを示してみせた。

だが、トーレスという楽器の中身は古楽器なのだ。
これが現代の演奏家が感じる違和感の正体。
古楽器的手法で作られたロマン主義の楽器、それがトーレスである。
そして、それがトーレスが普遍的な楽器に成り得なかった理由である。
もっとも、それをもってしてトーレスを責めることはできない。
人間一個人には限界がある。
当時のロマン主義の風潮にあって、全く異なるイメージを誰が持ち得ただろうか?

トーレスを実際に見る機会があったなら、是非マジマジと見て欲しい。
その均整美、完成度の高さ、これはどう考えてもスペインのギター製作の集大成だと感じられる。
そして、ここから、さらなるギターの勃興が始まったのである。